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秘境八十里越 体感バスツアー

こんにちはOgです。先日、同僚のKak氏と共に「秘境八十里越 体感バスツアー」に参加してきました。

簡単に内容を言うと、建設中のバイパスの見学です。この国道建設の主な目的は、県央地域と南会津のアクセス改善による交流拡大、そして医療です。現在、福島の只見町には総合病院はなく、救急搬送は会津若松市まで行かなくてはならず、それが県央基幹病院(計画中)に搬送できれば距離も近く、救命救急体制が向上するため、完成が望まれているものです。

見学した場所は三条市旧下田村から福島県只見町へとつながる国道289号線の現在は一般車両通行止め区間です。この道路、歴史的にも重要なルートであり、現代になってからもこの場所の全通が新潟県・福島県の人々にとっても重要な意味を成すと昔からバイパスの計画が進められてきました。事業化されたのは昭和61年(1986年)であり、、ちょっと待った、そんなに時間かかっているの??という話ですが、その部分も含めて色々と知りたくて参加したのです。

道の駅「漢学の里しただ」にて集合。参加者はそれなりに多くマイクロバス5台に分乗して向かいました。建設区間は工事関係者、地権者以外入れないので、ゲートを開けてもらって入場です。途中から林道の雰囲気になってきました。

ここで、この峠道について説明しますが、まず名前の由来は、あまりに険しい山道なので実際八里の道のり(一里はおよそ4㎞)が十倍の八十里に感じられることからその名前が付いたそうです。戦国時代には越後から食塩、魚類、鉄製品が岩代国(現在の福島県西半部)へ行き、その他繊維原料や労働力の往来があり、明治末期まで中越地方と南会津地方は交流が盛んだったとのことです。また、司馬遼太郎「峠」の舞台であり、戊辰戦争で負傷した長岡藩の河井継之助が八十里越を通り、会津を目指し、途中で落命したことでも有名です。険しい自然に囲まれながらも、大昔から人々の往来があったロマン感じる峠です。

8号トンネル坑口付近で北陸地方整備局担当者、地元のガイドさん、三条市担当者より工事の概況など説明を受けます。トンネルや橋梁など、土木建築物の建設状況などです。トンネル掘削は地形の険しさから、両方からの掘削ができず、片押しで進めるしかなく大きな時間が必要となるようです。

八十里越は1986年に事業化、1989年に工事着手したそうですが、冬になると当然、雪が多く雪崩の危険から工事中止となり(11月から5月まで)、また新潟県側は高低差があり(福島県側は比較的なだらか)、地形・地盤の要因で難航し長期に及んでいるのです。また、手付かずの自然が残るので、貴重な生物も多く、イヌワシなどの猛禽類の繁殖が確認されると一時中断もあるそうで、とにかく難工事となっているのです。それが、ようやく完成が見えつつある?のです。

積雪計です。横に伸びたアンテナ状の針金が変形することで何m積もったかわかる仕組みです。例年5m~7mの積雪!

 

この、トンネルに続く橋(7号橋梁)ですが、数年前の豪雨災害により、右の写真の法面が土砂崩れを起こして、やっと作った橋が流されてしまったので作り直したものだそうです。。そのため、法面は写真の様にアンカーを10m~20m埋めてしっかり補強しています。土砂崩れで工事関係者はさぞ落胆されたことでしょう。。凄まじい自然の恐ろしさを感じるのと同時にそれに対処する土木技術の高度さを感じます。

5号橋梁(L=337m)の橋脚です。高~い!このアングルで見れるのもいつまででしょうか。

地元ガイドさん達が40年ほど前に熊を獲ったときの写真です。よく見ると熊の色が白っぽいですよね?そうです、アルビノの熊を捕らえたのです。昭和53年からアルビノの熊が4頭も現れて、それは学術的にもとても珍しいことなので、研究対象にもなったそうです。峠のこと、山での暮らしのこと、熊のことを地元の人から聞けるのもこのツアーの大きな魅力です。

 

榾橋(ぼた橋)です。この辺り、猿のフンがところどころにあるみたいで、昔の白山公園のニオイがしました(笑)

昔はこの尾根を通って会津を目指したそうです。たしかに尾根は一番進みやすいでしょうけども、そこまで登るのも相当時間かかったことでしょうに。昔の人々の脚力・体力は途轍もないです。この辺りでは昔採掘していた銅山もあり、市による調査も行われているそうです。また、興味深かったのが、大正から昭和30年代まで上質な砥石が尾根付近で採れたらしく、「笠堀砥石」、「五十嵐砥石」などと呼ばれ地元集落を潤したそうです。昔の人は採掘した砥石を背負子で背負って山を下ったそうで、今もわずかにその資源は残っているらしいですが、崩落でアクセス不可、また、国有林であることから採掘は禁止されており、ほとんど出回らない幻の砥石となっているのです。

帰路で見た旧橋です。新橋(といっても古いですが)の傍らで役目を終えて苔むしながらひっそりと佇んでいるところに、ロマンというか、無言の存在感を感じます。山道ドライブで旧い橋や旧隧道を見つけることは私の楽しみでもあります。年代によって構造が違ったりと“土木遺産”として見ると面白いですよ。

 

乗車したツアー専用マイクロバスです。ゲートをくぐって道の駅の方へ戻ります。管理している皆さんお疲れ様です。

帰り道の八木ヶ鼻。私はひそかに“下田エアーズロック”と呼んでいます。

現在、工事の進捗率は8割程のところに来ているそうですが、全通まではもう何年かかかるみたいです。まだ先の話ですが、10年はかからない、と聞きました。待ち遠しいです。

開通により、人々の交流、県央地区の物流・産業に良い効果をもたらし、新潟・福島の経済活性化を期待して、なるべく早い全通と、工事の安全を願います。

長くなりましたが、おススメのツアーです。皆さんも是非!